2009年2月28日土曜日

ノン・ビブラートに思う

新聞で、ブリュッヘンという高名な指揮者が新日フィルを指揮して&ハイドンの交響曲を演奏している、という記事を見かけました。


その中で、ブリュッヘンは弦楽器にビブラートを掛けさせない、と記載がありました。
うん、この時代の音楽を演奏するにはビブラートは掛けないよね。
ブリュッヘン氏はもちろん理解していると思いますが、ビブラートを掛けない意味を楽団員が理解しているか?新聞記事を書いた記者が理解しているか?というのがとても気になりました。

私は自分でヴァイオリンを演奏するとき、基本的にはビブラートを掛けません、というより掛ける時は「意識して」掛けます。
でも多くの演奏者(プロも含む)はビブラートを掛けないと気分が悪くなるようで、「掛けまい」とするのに必死な様子を数多く見てきました。
元々、ビブラートというのは「音を装飾する技法」の一つなので、音の一つ一つを理解して「この音にはこういうビブラートを掛けよう」と意識すべきものなんです。
で、記事には「音程がとりにくい、云々」の欠点が書いてありました。いや、音程がとりにくくなることはないです。ビブラートを掛けていてもいなくても、「正しく響きを理解して音程をとっている」なら、音程がとりにくいことはないんです。音程をごまかす技法として「ビブラート」を使っているなら(この例が多いが)使い方が悪い!!
ちなみに、バロックの時代ではビブラートは「お行儀の悪い」奏法だったそうです。では、単調になりがちな音をどのように処理していたか・・・バロックヴァイオリンの師匠によると専門的には「音形(シェイプ)」と呼ぶのだそうですが、音の強弱で表現していたのです。
これには右手の訓練がとても大事です。
モダン楽器の奏者諸君、右手をおろそかにしていませんか?

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